inoue2矢嶋里絵、田中明彦、石田道彦、高田清恵、鈴木靜編著『人権としての社会保障一人間の尊厳と住み続ける権利― 井上英夫先生退職記念論文集』(法律文化社、2013年)

 

本書は、井上英夫教授の金沢大学退職を記念して、指導を受けた者たちが感謝の気持ちを込めて寄稿した論文集である。

本書の構成は、「憲法・国際人権法と人権としての社会保障」という総論部分に続き、「医療保障の課題」「社会福祉サービスの課題」「医療・福祉の<にない手>をめぐる問題」の各論を取り上げている。最後の章では、井上教授自身が「人権としての社会保障確立の課題」と題する総括的な論文を寄稿している。
  また執筆者として、医療福祉や社会保障運動に従事する者、弁護士等の実務家などの多彩なメンバーが論文やコラムを寄稿している。これも井上教授がかねてより、大学の研究者だけが研究者ではないと強調され、学外においても現場の社会保障に携わる方々を熱心に指導されてきたことを反映している。そのため内容も法学にとどまらず、社会学、経済学、政策学、社会福祉学等の多様な学問分野に及んでいる。

本書のなかで木下秀雄教授は、井上理論が社会保障法学に提起する課題として、①現実の問題から出発する作業をさらに発展させ、実態を掘り下げて当該問題の日本社会に根ざす構造的基盤を解明する作業を行うこと、②法解釈学においても裁判例を事後的に評釈するにとどまらず、生存権が問われる課題を発掘し、人権論・法的問題として構築していくこと、③比較法研究でもその社会的背景や実態をふまえた上で分析評価を行うことを挙げている。

現在、生活保護法改正をはじめとする「自助・自立」「共助」を強調し、さらに国は権利を保障するのではなく、「公助」すなわち「支援」や「援助」するだけという、公的責任を後退させる内容の社会保障制度改革が進行する中で、貧困=生存権侵害その他の人権侵害は拡大している。しかし、はっきりと目に見える形で顕在化しているものは多くない。むしろ一見批判の余地のない「自己決定」や「連帯」といったワードによって覆い隠され、自己責任に帰されてしまっている部分も実態としてあり、そのような傾向は強まっている。「生活実態から理論を構築する」ことの重要性を肝に銘じ、現実と真摯に向き合いつつ、今後も研究に臨んでいきたいとあらためて思う。 

ご一読頂き、ご叱咤やご批判を頂ければ幸いである。(高田清恵(編者))

矢嶋里絵、田中明彦、石田道彦、高田清恵、鈴木靜編著『人権としての社会保障-人間の尊厳と住み続ける権利』(法律文化社、2013年)
[法律文化社のHPにリンクします]

(2014年6月20日掲載)

印刷 印刷